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3.11大震災、その時「制震住宅」では・・

あの大震災からもうすぐ一年、テレビなどで遅々として進まない被災地の状況が映し出されています。
そんなところに、なんと震度7の首都直下型地震が4年以内に70%の確率で起きると報道されました。
それも震度7・・阪神淡路と同じ直下型地震が前触れもなく突然に襲うとしたら・・・
台風などと違って避けようもないのが地震です。
その時どこで何をしていたのか・・・それが!

3.11その時、私は会社で地震に遭遇しました。
川越は震度5弱、鉄骨の事務所はぐらぐら、コピー機も動き出しました。
外を見ると、欅の木も左右にぐらぐらと揺れてました。

その時、練馬の当社が始めて取り組んだ「制震住宅現場」で外部の工事をしていた●山さん。(練馬は震度5強でした)
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道路を挟んで反対側のビルは大きく揺れ、商売用のビンは落下してものすごい音でバラバラに割れています。
Y邸の隣のお宅は(古い木造)、今にも壊れそうに左右にゆれていたそうです。
その家の中にはおばあちゃんがいるので、万一のときは同僚と「助け出そう」と話してあっていたそうです。
同じ場所のY邸を見ると、周囲のゆれがウソのように微振動していただけだった。
もっと揺れがひどくなったら・・・・この「家の中に逃げさせてもらおうと思った」・・・
それほど周囲との違いは際立っていたのです。

当社で始めて建築した超「制震住宅」

中にいたYさんも、お父さんもその信じられないほどの違いに「ビックリ」
この後、新宿で弟さんが家を建てる・・・絶対に制震住宅にすると決めたのだそうです。

大震災後の家づくり・・・日本の耐震基準はWスタンダードだった

エコハウス『スミカ』はナゼ平屋・二階家でも『構造計算』するのか!
私たちが造っているのは『箱としての家』ではありません。

『安全』で『快適な暮らし』を『デザイン』する***ことを目指しています。

だからその為に構造は・・内装は・・設備は・・家計にやさしいか・・建物の内外のデザイン性は・・など小さい会社ながらも精一杯取り組んでいます。
AとBどちらがよいか、他にもっといいものは、こうして作業している過程はとても楽しいものです。しかし、こうして追いかけていくとどうしても「建築費が高くなる」この問題にぶつかります。
(これについては、価格の透明性を高めるため「原価公開見積もり」をしています)
建築業者が一番守らなければならないこと、それはなによりも家を凶器にしないことです。

15年前に建てた家をたった三年で建て替えることになってしまった、例を取り上げ「構造計算がいい加減だとこんな事になってしまう」事例を紹介しました。
それでも、建築に詳しい人ほど
『それは、3階建てのしかも特殊な事務所併用住宅の事例であって、普通の二階建てはもちろん平屋は関係ない話だろう・・・』といわれるかもしれません。
ここで改めて現実の世に多くある『Wスタンダード』が住宅にも存在していることから『ナゼ構造計算をするのか』知っていただく必要がありそうです。
普通、家を建てる人の多くは実は
日本の耐震住宅基準はWスタンダード・・・という事実を知りません。
住宅に高層ビルやマンションと同じように『構造計算書』があることをしらないのです。
(その後発生した姉歯耐震偽装事件で構造計算書そのものと、その重要性が一般に認知され、国会でも取り上げられたり、販売されたマンションの建て替え問題、これに関与した様々な企業の倒産、関係者の生命など様々の問題がおきました)
構造計算は、普通の建築確認に比べて基準が厳しいため基礎・構造材、壁の配置、金物、釘に至るまでチェクされます。
それによって少なくとも地震にナゼ強いかそれが言葉ではなく数値として量的に証明されたうえで建物は建てられていることになる。
しかし、結果として住宅の価格を押し上げる要素になることは間違いありません。

建築業者は日夜いかに安く造るか、いかに価格を安く表示するかに苦労をしていることを考えると、構造計算などせずに現行基準で許可が出るならそれを採用するのは自然なことです。
業者が構造計算書を作成しない理由は価格に影響するのと合せて、信頼できる『構造計算の専門家』を知らないという事情もあるわけですが・・・
あなたも、家づくりには二つの基準があることがお分かりになっただろうか。
家族の安全を願うなら、最低でも150%以上の耐震強度を基準に作られる家を造ればよい。
どちらを選ぶかは、家を造る側の建築会社と依頼するあなたの考えで決まることになる。
いつあるかわからない巨大地震、家族の安全を守るのはあなたしかいないのです。
「童話の三匹の子豚」同様にどれに決めるかは業者ではなくあなた自身だと私は思う。
そして住宅の事業にかかわる限り私自身の安心、安全を守るためにも構造計算を欠かすことは出来ないし、それがひいては住む人の安心・安全につながっていると思っているのです。
どのような構造で家を建てるとしても構造計算書に基づいた家づくりをするだけで、少なくとも他の家よりも安全な家になる・・・これは事実なのです。

大震災後の家づくり・・建て替え完了

六月から工事を始め、建物の完成は10月30日述べ床100坪にもなる3階建て事務所併用住宅が完成した。
ここに至るまでの2年弱、さまざまな出来事の連続だったのですが、それもすべて忘れるほど『ホッとした』ことを昨日のように思い出す。
Sさん家族も、新しい家をとても喜んでいただき家を建てる予定の知人を紹介してもらった。
その方は当然「ナゼ建て替えたのか」理由を承知していて当社で契約をしてくれた。
本当にありがたいことだと感謝、心配していた風評被害は一部地元のハウスメーカーが
『欠陥住宅だった』だから建て替えられたと言いふらしていたのだが、それも事業の決定的な阻害要素にはならないで助かった。
最終的に当社の支出(損金)は業者支払いのみで5000万円を超えてしまった。
幸いにして、税務署の問題とはならなかったので、残った問題は損金処理ということになる。これだけは時間をかけて少しづつ穴埋めするしかないと思っていた。
この一連の出来事で、改めて思ったことは『ウソのない構造計算』の必要性とそれに合せた家づくりだった。
構造計算が義務となっている三階建てだけでなく、当社で建てる建物のすべてで構造計算書を作成し、計算書をもとに基礎・構造を決めるようにしなければ、いつ又今回と同じことになるかもしれないのだ。
この問題発生以降、平屋・2階建・事務所も含めて信頼できる専門の構造設計士に構造計算書を作成してもらい、図面作成のチェックなどのやり取りをしながら建築をしている。

(現在建てられている建物の問題点は以下の文章でもわかると思う。)
以下はWikipediaより参照・・・***なぜ耐震基準は「Wスタンド」がまかり通っているのか***
建物の多くは建物の大きさに応じて必要耐力壁量を算出する規定がある。(施工令46条)
その耐力壁のバランスのよい配置をチェックするために四分割法というものがあり、引き抜き金物の種類を決めるためにN値法という規則が存在し、品格法に基づく性能評価の基準になっている。
これらは仕様基準に対する合否をおおまかに判定するものであり、量的な安全基準とはならない。
また、性能評価も義務化されていないので、四分割法やN値法さえほとんど実行されていないのが実情である。
一般に建てられている46条の耐震基準に対して、2階建てで構造計算するときは1.5倍の耐震強度が求められている。
つまり、現行では耐震基準には46条基準と構造計算(許容応力度計算)基準の二つがあることになるが、ナゼこうした**「Wスタンダードになっているか」については良くわからない。

大震災後の家づくり・・建て替えスケジュール

建て替えを決断して、Sさんにそのことをお伝えした。
こちらも大変だが、Sさんも事務所や仮住まいをしなければならないから大変だ。
これからもう一度、新たにプランをやり直し今度こそ構造計算に従って安全な家を造らなければならない。
幸いなことに社内には経緯を伝えてあったので、特別問題とならなかったし取引銀行にも、必要資金の手当ても含めて前もって承諾は得ていた。
とはいうものの、消費税アップの反動で住宅市場は冬になっている中で5000万を超える資金を投入しなければならないのは、会社として厳しいことには違いが無い。
当然建て替えた年の決算は大幅な赤字を計上することになるだろうし、税務署もその理由を
尋ねてくることだろう。
そのときに、経緯を話して納得が得られるかどうかは正直言ってわからなかった。
(贈与・脱税etc見解の違いとして課税されることが無いようにしなければ・・・)
もう一つ、風評の問題もある。
こればかりは、「人の口にとは立てられない」という例えがあるから『なるようになる』と腹をくくるしかなかった。
大まかなプランの聞き取りなど打ち合わせをして年末を迎える。
こうしてS邸問題で悩んだ1998年もすぎ1999年が始まった。
新年早々に
建て替えに関する大まかな工程、全体のスケジュールを確認。
初めに着工予定日と完工予定日を決め仮事務所、仮住まい、期間中の荷物の保管はSさんがスケジュールに合せて手配することになった。
まず、おしりから・・・完工引渡しを1999年10月末日、そこから逆算して6月着工、解体は5月連休明け、それまでに建築確認を得るということになった。
こうなると、3月末日までにてプランを決定し、構造計算のチェックを元に構造図を作っていく作業が必要になる。
今は1月、引渡しは10月末、入居は11月吉日と一年近くあるはずなのだが、スケジュール的にきついことがよくわかる。
プラン上の反省点や新たなSさんの希望も加味しながら、それこそ連日打ち合わせをしていくような状態が始まった。
ここの部屋とここは広くしたい・・・何と今までよりも面積は大きくなり最終的には100坪近くになっていた。
3年近くの間に当社で造る家が変わっていることを知っているSさんは「セントラルヒーティング」を初めとしてそれも新しい家に導入することを希望している。
もちろん、面積増加分・設備の差額・仕様の差額についてはご本人たちが負担することになるのだか。(キッチン・ユニットバス等の水周りはSさんの手配)
ブラン作成で困ったのが、一階に車庫や事務所など広い面積が必要なことだった。
建て替えに至った理由を痛いほどわかっているはずなのにSさん家族から『この壁取れないかな・・』などとまたしても危険な要望をしてくるのだ。
今度こそは構造計算にあわせて、材料を選び施工して絶対安全な家を造る。
それには、無理は無理とハッキリ言わなければならない。
いよいよ建て替え工事に着手、予定通りに五月の連休明けに解体工事が始まる。
きっと周囲の人ばかりか車で通勤する人もビックリしたことだろう。
周囲で一番新しく大きな家が三年もしないで壊されるなんて普通はありえないからだ。

大震災後の家づくり・・・やはりダメか、建て替えに

一週間ぐらい後に、S設計士から電話がかかってきた。
構造を再計算した結果が出たので、会社に来るという。
結論から言うと、結果は「ダメ」だったようだ。
問題は、間取りと構造図(基礎図面・木構造図)が先にあり、構造計算に意識的に手を加えてよって法律で決められている構造耐力を満たした計算になっていたとのこと。
ではそれをふまえて、建物の間取りを変えるとか、補強することで「安全な建物」にすることが可能性かどうか。
その程度で解決しない・・・「建て替えるしか方法がない」というならば、社員や銀行にも相談しなければならない。
もちろん、なによりもSさん家族には一番に・・・
そのときは新たなプラン・工期の問題、その間の仮事務所と住まいなど・・・

S設計士の話では、
大きな地震があれば建物が倒壊する確率が極めて高いという。
「やはり・・・建て替えしかないのか・・・」
ここまできたら、覚悟を決めなければならないようだ。
その前にまず社内、銀行、そして主だった協力業者にもこれまでの経緯を説明しておく必要がある。
これは1998年晩秋の出来事だった。